増大したのは「中」意識であって、「中流階級」ではない

未分類 | 記事URL


実務者研修教員講習会

日本では高度経済成長期以降、「中間層の肥大化」が進んだとしばしば言われてきました。しかし、それは必ずしも、輪郭のはっきりした「中流階級」の形成や拡大を意味するものではありません。もしそれが事実であるならば、世論調査で自分の生活レベルを「中程度」と評価する人々が増えたことをもって、そのまま「中流階級」が拡大したと結論づけることはできないはずです。


ここで重要なのは、いくつかの異なる「中」の意識を峻別することです。たとえば、階層帰属意識における「中」意識、社会的地位に基づく「中産階級」意識、生活実感に根ざした「中流」意識、そして消費スタイルを反映する「中流階級」的生活様式——これらはそれぞれ別の概念であり、混同すべきではありません。

とりわけ注目すべきは、階層帰属意識としての「中」意識と、より明確な経済的・社会的な基盤に裏打ちされた「中産階級」意識との違いです。尾高邦雄らの1955年の調査では「中産階級」への帰属意識を持つ人は23%、富永らによる1975年の調査では24%と、20年間でほとんど変化がありません。一方で、「中」への帰属意識はこの間に大きく増加しています。つまり、所得や社会的威信の水準向上、格差の縮小が「中」意識の拡大をもたらしたものの、「中産階級」意識の拡大には直結しなかったのです。


「くらしむき」の主観的評価がカギ


このような「中」意識の増加について、直井道子は興味深い分析を示しています。彼女によれば、「中」意識の有無は、必ずしも実際の所得や財産の多寡によって決まるものではなく、むしろ個人が自分の〈くらしむき〉をどう評価しているかという、主観的な生活感覚によって左右されるのです。

具体的には、以下のような傾向が見られます。



  1. 高所得・多財産の人は、生活が豊かだと自己評価し、「中の上」に属する意識を持ちやすい。


  2. しかし、同じく高所得・多財産でも、自らの生活を「ふつう」とみなす人は「中の下」への帰属意識を持ちやすい。


  3. 低所得・少財産の人は、自分の生活を「貧しい」と感じ、「下の上」や「下の下」への意識につながりやすい。


  4. たとえ所得が少なくても、自分の生活を「ふつう」と評価すれば「中の下」と認識する傾向がある。



このように、〈くらしむき〉に対する主観的評価が「中」意識の核にあるとすれば、たとえ客観的な地位構造が安定していても、生活水準の停滞感が広がれば「中」意識は低下する可能性があります。ゆえに、1981年の経済企画庁「国民生活選好度調査」で「中」意識のわずかな減少が報告された直後に、「中流階級の崩壊」や「中産階級の危機」といった議論が噴出したのは、次元の異なる問題を短絡的に結びつけた結果だといえるでしょう。


「従業上の地位」では測れない


さらに、従業上の地位と「中」意識との関係は一様ではなく、単純に対応させることはできません。マルクス主義的な階級分析では、生産手段との関係をもとに「従業上の地位」が階級区分の指標として使われがちですが、このアプローチでは「中」意識の動向を的確に捉えることは難しいのです。

事実、大橋隆憲によるマルクス主義的分類では、「中間層」は減少傾向を示していたにもかかわらず、「中」意識を持つ人はむしろ増加していたことが報告されています。これは、「自家風呂」「電話」「電気冷蔵庫」といった生活水準の向上によって、「中」意識が形成されてきたという直井の指摘を裏づけるものです。

したがって、国民の多くに「中」意識を維持してもらうためには、単に「中間層」が多数を占めているという客観的事実だけでなく、生活スタイルのモデルを常に更新し、それを実現可能な水準で提示し続ける政策的配慮が求められます。


「中」意識と政治意識の関係


また、たとえ「中」意識が一時的に減少したとしても、それが直ちに政治意識の変化につながるとは限りません。

階級帰属意識と政党支持の関係については、直井によれば、労働者階級の意識を持つ人々は革新政党を、資本家階級に帰属する意識を持つ人々は保守政党を支持する傾向が見られます。しかし、階層帰属意識——つまり「中」意識など——と政党支持とは明確な相関を示しません。実際、1970年代には「中」意識が拡大する一方で、各地に革新自治体が誕生し、共産党も得票を伸ばしました。これらの事例は、「中」意識の増加=政治の保守化、という単純な図式が成り立たないことを示しています。


「中」意識の曖昧さとその限界


こうしてみると、「中」意識とは、単に自覚的な「中流階級」の形成を示すものではなく、むしろ輪郭のあいまいな現象だといえるでしょう。「中流意識」が、一定の価値観や生活様式に自信を持ち、自らを「下層」と明確に区別しようとする意識であるのに対して、「中」意識はもっと漠然としており、あくまで〈くらしむき〉を中程度と感じることに由来するにすぎません。

そのため、「中」意識が増えたか減ったかという議論それ自体には、深い意味はないのかもしれません。むしろ重要なのは、「中」意識という現象の背後にある社会的、文化的、政治的文脈をどう読み解くかという点にあるのです。





「中」意識の背景にある日本社会の構造変化

未分類 | 記事URL



実務者研修教員講習会

日本社会において「中」意識が広く浸透した背景を探っていくと、それは単に「自家風呂や電話」「電気冷蔵庫のある生活」といった物理的豊かさの普及にとどまらない、社会構造の根本的な変化に行き着く。



戦前の労働者が生きていた「閉ざされた世界」

かつて、特に戦前の日本では、多くの労働者が「徒弟制度」という閉鎖的で階層的な小社会の中に暮らしていた。たとえば、昭和初期の埼玉・川口の鋳物業では、若者たちは徒弟として工場付属の寄宿舎で暮らし、年期奉公に縛られながら親方のもとで修業を重ねた。ある事業主はその時代を振り返り、こう語っている。



「親方は仕事上で絶対的な権力を持っていて、ミスをすれば鉄で殴られることもあった。巡査に訴えても『お前が悪い』と叱られるだけだった。世間と言えば工場の中のことだけで、市長や総理大臣の名前すら知らなかった。」



彼らにとって「エライ人」とは親方であり、次いで熟練の先輩職人だった。彼らの世界では、ヒエラルキーは工場内で完結し、「上」や「下」の意識も、その小社会内部の序列に限られていた。親方に認められ、腕を上げていくことこそが上昇の道だった。



大企業における同様の構造

こうした構造は中小企業に限らず、大企業の職場にもあった。昭和20年代半ば、京浜工業地帯の大企業労働者を調査した氏原正治郎は、以下のように記している。



「労働者は素人として職業人生を始め、職場には技能や待遇に関わる厳格な序列が存在していた。先輩は技能を秘伝として後輩に教えず、また人事の実権を握る支配者であると同時に、困った時には金を貸し、結婚の世話まで焼く保護者でもあった。」



このようなヒエラルキーは、閉ざされた生活世界の内部で完結し、その価値や意味はあくまで内部の論理に従っていた。外部社会の政治家や官僚は「ただのエライ人」にすぎなかった。



小社会の集合体としての日本社会

こうした「小社会」は都市の職場に限らず、農村、商業、サービス業などにも広く存在した。戦前・戦後を通じて、日本社会はこうした小社会の集合体として機能していた。それぞれの小社会には固有の価値体系や序列があり、個人はその中で努力を重ね、階層を上っていけばよかった。よって、人びとにとって「世間一般」から見た自身の階層意識(上・中・下)は、それほど重要な意味を持たなかったのである。



高度成長とともに進んだ小社会の解体

ところが、高度経済成長が始まると、こうした小社会は次第に解体していった。伝統的な閉鎖性から人々は解放され、かわって「世間一般」のなかで自己を測るようになった。これは旧来の共同体を喪失する痛みをともなわず、むしろ楽観的な気分の中で進行した変化だった。昭和30年代の「所得倍増計画」には懐疑もあったが、当時の世論調査では多くの人が「10年後の生活は今よりよくなっている」と考えていた。



個別に選び取られる「中流」的生活

高度成長と消費革命のなかで、かつては上流階級の専有物だった乗用車やゴルフといったレジャーや財が大衆化された。家庭電化製品やカラーテレビも普及し、人びとは個人単位でこれらを取り入れ、自らの生活を「中流」的なものに仕立て上げていった。



この生活様式の獲得は、かつてのように小社会の承認に基づくものではなく、個人や世帯が自らの選択によって実現していくものだった。それは孤独な営みであると同時に、生活の個性化を促す契機にもなった。



価値序列の一元化とその影響

小社会の解体により、多様だった価値序列は一元化されていく。かつてはそれぞれの小社会が独自の価値体系を持ち、多元的な社会を構成していた。しかし、統合された社会のなかでは、すべての人が一本の序列の線上に並ぶことになる。労働者も市長も総理大臣も、共通の価値軸で評価されるようになったのだ。



その結果、出世や成功の尺度として、学歴や職業的地位が重視されるようになり、かつての温情的なヒエラルキーに代わって、冷徹で競争的な社会秩序が成立した。



軍隊ヒエラルキーから企業ヒエラルキーへ

かつて社会的地位を説明する際に、「兵隊の位で言えばどのあたりか」と語った画家・山下清のように、かつては軍隊のヒエラルキーが共通の価値序列のモデルだった。しかし現在では、それに代わるのが企業のヒエラルキーである。たとえば「課長」という肩書は、企業内の機能的役割であると同時に、社会的な威信やステータスを象徴するものとなっている。企業社会の浸透によって、社会的ランクの共有言語が確立されたとも言える。



「みせかけの中流階級」の実像

こうした背景のもとで、「中間層」は急速に膨張した。小社会から離脱した人々が、一定の収入や職業的威信の向上を背景に、「中間」的な位置に集まり、「中」意識を共有するようになったのである。そして、家電や自家用車などの生活財の普及がこの意識を後押しした。



しかし、このような状況をもってして「中流階級の増大」と言い切るのは早計である。現実には、その多くが実体の伴わない「みせかけの中流階級」にすぎず、現在の「中流」論議の多くが、こうした幻想に基づいているように思われるのである。



このように「中」意識の広がりは、生活の豊かさだけでなく、社会の構造的変化――とりわけ小社会の解体と価値序列の一元化――によって生み出された新たな時代の精神的風景でもあった。











地位指標としての職業

未分類 | 記事URL


実務者研修教員講習会


社会における人々の暮らしぶりには、大小さまざまな格差が存在します。それが必ずしも「不平等」と呼ぶべきかどうかは別としても、日常生活の中で私たちは多様な生活様式の違いを目にしています。



たとえば、一方では池のある広大な邸宅に住み、黒塗りの高級車で送迎される生活を享受する人がいる。他方では、二部屋と台所の賃貸アパートに暮らし、共働きでわずかずつ貯金をするのが精いっぱいという家庭もあります。ある人は社会的な名声を手にし、意気軒高に社会で活躍している一方で、社会的地位や名誉、権威とは無縁の生活を送る人もいます。観劇に出かけたり、海外旅行を楽しんだりして心のゆとりを育んでいる人がいるかと思えば、近くの川で釣りをすることが唯一の余暇活動だという人もいます。このように、社会生活の内容や様式の至るところに、格差の痕跡は浮かび上がってきます。



こうした格差のありように対して、人によっては「うらやましい」と感じるかもしれませんし、逆に嫌悪や反感を覚える人もいるでしょう。その意味でも、格差の「認識」それ自体にも違いがあるのです。しかし、はっきりしているのは、これらの格差が社会的資源の分配において不均等があることの現れだということです。つまり、財産や地位、名誉、権限、そして時間といった資源が、人々の間に等しく分配されていないという現実があるのです。



このような問題は、かつては「階級」論によって、また近年では「社会階層」論の枠組みで扱われてきました。また、倫理的な観点から善悪の問題として論じられたり、社会政策の中心課題として取り上げられたりもしています。もちろん、ここですべての議論を扱うことはできません。本稿の関心は、こうした格差現象の実態とその背景にありますが、それらを包括的に解明することは容易ではありません。そこで視点を絞り、職業的地位という角度から問題を考えてみたいと思います。



なぜなら、職業は社会的不平等と密接に関わり、社会生活に見られる格差現象の中心的な「仕掛け」として機能しているからです。職業とは、それ自体が社会的地位の総合的な指標としての性格をもっていると考えられます。



「お宅の職業、いいですね」

職業による社会的資源の分配の不均等さは、日常会話でもしばしば話題になります。たとえば、「医者は儲かる」といった言い回しです。これは単に年収の多寡を指すだけでなく、患者や業者からの「付け届け(謝礼や贈答品)」など、金銭以外の資源の流入も含んでいます。



ある学生が語った話によれば、デパートでのアルバイト中に病院長宅へ歳暮を届けに行くと、呼び鈴を鳴らす必要すらなく、玄関先に置かれた印鑑で受領印を押し、山のように積まれた贈答品の隅に置いてくるだけで済んだそうです。こうした話は、「職業が地位や資源を決定づける」ことの象徴的な一例です。



また、「さすが大企業の社長の家は立派だね。キャデラックで毎朝送迎されているよ」などという会話も耳にします。所有企業の社長は言うに及ばず、たとえ雇われ経営者であっても、住宅や日常生活において、企業から手厚い配慮を受けているのが一般的です。



大学教員については、「長い休みがあっていいですね」とよく言われます。形式的な拘束時間は短く見えるものの、実際には研究や教育のために多くの時間と精神的エネルギーが費やされています。ただし、任用後に実績審査のない日本の大学制度では、教職に就いてからの時間の使い方に差が生じる可能性もあります。



一方、議員職に就いている人は、「あの人は顔が利くから頼んでみよう」と頼られる存在です。国会議員はもちろんのこと、地方の議員でも、行政機関に対して大きな影響力を持つことがあります。中には、交通事故の揉み消しさえ可能だという噂もあるほどです。



このように、収入、資産、生活様式、さらには政治的な影響力まで、社会的資源の配分は多くの場合、職業を軸として語られます。人々が欲し、しかも量的に限られている社会的資源は、職業によって不均等に配分されがちです。だからこそ、社会的不平等や地位の問題を考える際には、職業というファクターが注目されるのです。





職業的地位がもつ意味

では、なぜ職業が社会的地位や資源配分の中心にあるのでしょうか。最も単純な答えは、「職業によって収入が決まるから」です。労働市場では、職種や職位に応じて賃金が設定されており、ある意味で収入とは、その職業に「値段」がつけられていることを意味します。年収何百万円、あるいは何千万円といった金額は、労働の質や社会的価値、希少性などが複合的に反映された「評価額」でもあります。



もちろん、収入が同じでも、それ以外の資源へのアクセスに大きな差があることもあります。たとえば、医師は高収入であるだけでなく、同時に高い名声と社会的信頼を獲得しており、その結果、患者や業界関係者との人脈、さらには政治的な影響力さえも持つことがあります。



また、職業はその人の社会的な「ラベル」としての機能も果たします。ある人が「弁護士」だと知れば、他人はその人に対して一定の敬意や期待、あるいは警戒心を抱くかもしれません。職業は単に収入や生活手段というだけではなく、その人の社会的位置を示す記号でもあるのです。



こうした理由から、社会調査や統計の場面でも、職業はしばしば「地位指標」として用いられます。年収、学歴、居住地などと並んで、職業は人々の社会的階層を測るための代表的な変数なのです。



「職業的威信」という考え方

社会的地位としての職業を考えるうえで重要な指標のひとつに、「職業的威信(occupational prestige)」という概念があります。これは、人々がある職業にどれだけの尊敬や評価を与えているかを示すものです。たとえば、「大学教授」「医師」「裁判官」といった職業は高い威信を持ち、逆に「あまり社会的に尊重されない」とみなされる職業も存在します。



この職業的威信の測定は、社会学の実証研究でも盛んに行われており、人々の職業観や価値観を反映するものとして重視されています。興味深いのは、この威信のランクづけが、時代や国によってある程度共通する傾向があることです。つまり、どの社会でも医師や弁護士はおおむね高い威信を持ち、単純労働系の職業は比較的低い位置づけにあるということです。



このことは、単に収入の多寡だけではなく、職業が持つ社会的責任、知的難易度、専門性、公共性といった要素が、社会的評価に大きく影響していることを示しています。



生活様式を規定する職業

職業が人の社会的地位を示すというだけでなく、個人の生活様式そのものに強い影響を与えていることも見逃せません。たとえば、同じ月収50万円でも、「ベンチャー企業の若手経営者」と「中堅企業の事務職員」とでは、暮らし方や価値観に大きな違いが見られることがあります。これは、職業を通じて培われる生活リズムや人間関係、情報接触の機会、そして自己認識のあり方が異なるからです。



具体的には、裁判官であれば日々の業務で法と向き合い、厳密な論理性を求められます。そのような生活の中で育まれる思考様式や倫理観は、家庭生活や対人関係にも影響を及ぼすでしょう。芸術家やクリエイターであれば、創造性や感性が重視され、ライフスタイル全体が柔軟で自由な雰囲気を帯びることが多いでしょう。



このように、職業は単なる「仕事」以上のものであり、その人の人格形成や社会的振る舞い、さらには将来の子どもの教育観にまで影響を及ぼしうる、強力な社会的ファクターなのです。











- Smart Blog -