地位指標としての職業

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実務者研修教員講習会


社会における人々の暮らしぶりには、大小さまざまな格差が存在します。それが必ずしも「不平等」と呼ぶべきかどうかは別としても、日常生活の中で私たちは多様な生活様式の違いを目にしています。



たとえば、一方では池のある広大な邸宅に住み、黒塗りの高級車で送迎される生活を享受する人がいる。他方では、二部屋と台所の賃貸アパートに暮らし、共働きでわずかずつ貯金をするのが精いっぱいという家庭もあります。ある人は社会的な名声を手にし、意気軒高に社会で活躍している一方で、社会的地位や名誉、権威とは無縁の生活を送る人もいます。観劇に出かけたり、海外旅行を楽しんだりして心のゆとりを育んでいる人がいるかと思えば、近くの川で釣りをすることが唯一の余暇活動だという人もいます。このように、社会生活の内容や様式の至るところに、格差の痕跡は浮かび上がってきます。



こうした格差のありように対して、人によっては「うらやましい」と感じるかもしれませんし、逆に嫌悪や反感を覚える人もいるでしょう。その意味でも、格差の「認識」それ自体にも違いがあるのです。しかし、はっきりしているのは、これらの格差が社会的資源の分配において不均等があることの現れだということです。つまり、財産や地位、名誉、権限、そして時間といった資源が、人々の間に等しく分配されていないという現実があるのです。



このような問題は、かつては「階級」論によって、また近年では「社会階層」論の枠組みで扱われてきました。また、倫理的な観点から善悪の問題として論じられたり、社会政策の中心課題として取り上げられたりもしています。もちろん、ここですべての議論を扱うことはできません。本稿の関心は、こうした格差現象の実態とその背景にありますが、それらを包括的に解明することは容易ではありません。そこで視点を絞り、職業的地位という角度から問題を考えてみたいと思います。



なぜなら、職業は社会的不平等と密接に関わり、社会生活に見られる格差現象の中心的な「仕掛け」として機能しているからです。職業とは、それ自体が社会的地位の総合的な指標としての性格をもっていると考えられます。



「お宅の職業、いいですね」

職業による社会的資源の分配の不均等さは、日常会話でもしばしば話題になります。たとえば、「医者は儲かる」といった言い回しです。これは単に年収の多寡を指すだけでなく、患者や業者からの「付け届け(謝礼や贈答品)」など、金銭以外の資源の流入も含んでいます。



ある学生が語った話によれば、デパートでのアルバイト中に病院長宅へ歳暮を届けに行くと、呼び鈴を鳴らす必要すらなく、玄関先に置かれた印鑑で受領印を押し、山のように積まれた贈答品の隅に置いてくるだけで済んだそうです。こうした話は、「職業が地位や資源を決定づける」ことの象徴的な一例です。



また、「さすが大企業の社長の家は立派だね。キャデラックで毎朝送迎されているよ」などという会話も耳にします。所有企業の社長は言うに及ばず、たとえ雇われ経営者であっても、住宅や日常生活において、企業から手厚い配慮を受けているのが一般的です。



大学教員については、「長い休みがあっていいですね」とよく言われます。形式的な拘束時間は短く見えるものの、実際には研究や教育のために多くの時間と精神的エネルギーが費やされています。ただし、任用後に実績審査のない日本の大学制度では、教職に就いてからの時間の使い方に差が生じる可能性もあります。



一方、議員職に就いている人は、「あの人は顔が利くから頼んでみよう」と頼られる存在です。国会議員はもちろんのこと、地方の議員でも、行政機関に対して大きな影響力を持つことがあります。中には、交通事故の揉み消しさえ可能だという噂もあるほどです。



このように、収入、資産、生活様式、さらには政治的な影響力まで、社会的資源の配分は多くの場合、職業を軸として語られます。人々が欲し、しかも量的に限られている社会的資源は、職業によって不均等に配分されがちです。だからこそ、社会的不平等や地位の問題を考える際には、職業というファクターが注目されるのです。





職業的地位がもつ意味

では、なぜ職業が社会的地位や資源配分の中心にあるのでしょうか。最も単純な答えは、「職業によって収入が決まるから」です。労働市場では、職種や職位に応じて賃金が設定されており、ある意味で収入とは、その職業に「値段」がつけられていることを意味します。年収何百万円、あるいは何千万円といった金額は、労働の質や社会的価値、希少性などが複合的に反映された「評価額」でもあります。



もちろん、収入が同じでも、それ以外の資源へのアクセスに大きな差があることもあります。たとえば、医師は高収入であるだけでなく、同時に高い名声と社会的信頼を獲得しており、その結果、患者や業界関係者との人脈、さらには政治的な影響力さえも持つことがあります。



また、職業はその人の社会的な「ラベル」としての機能も果たします。ある人が「弁護士」だと知れば、他人はその人に対して一定の敬意や期待、あるいは警戒心を抱くかもしれません。職業は単に収入や生活手段というだけではなく、その人の社会的位置を示す記号でもあるのです。



こうした理由から、社会調査や統計の場面でも、職業はしばしば「地位指標」として用いられます。年収、学歴、居住地などと並んで、職業は人々の社会的階層を測るための代表的な変数なのです。



「職業的威信」という考え方

社会的地位としての職業を考えるうえで重要な指標のひとつに、「職業的威信(occupational prestige)」という概念があります。これは、人々がある職業にどれだけの尊敬や評価を与えているかを示すものです。たとえば、「大学教授」「医師」「裁判官」といった職業は高い威信を持ち、逆に「あまり社会的に尊重されない」とみなされる職業も存在します。



この職業的威信の測定は、社会学の実証研究でも盛んに行われており、人々の職業観や価値観を反映するものとして重視されています。興味深いのは、この威信のランクづけが、時代や国によってある程度共通する傾向があることです。つまり、どの社会でも医師や弁護士はおおむね高い威信を持ち、単純労働系の職業は比較的低い位置づけにあるということです。



このことは、単に収入の多寡だけではなく、職業が持つ社会的責任、知的難易度、専門性、公共性といった要素が、社会的評価に大きく影響していることを示しています。



生活様式を規定する職業

職業が人の社会的地位を示すというだけでなく、個人の生活様式そのものに強い影響を与えていることも見逃せません。たとえば、同じ月収50万円でも、「ベンチャー企業の若手経営者」と「中堅企業の事務職員」とでは、暮らし方や価値観に大きな違いが見られることがあります。これは、職業を通じて培われる生活リズムや人間関係、情報接触の機会、そして自己認識のあり方が異なるからです。



具体的には、裁判官であれば日々の業務で法と向き合い、厳密な論理性を求められます。そのような生活の中で育まれる思考様式や倫理観は、家庭生活や対人関係にも影響を及ぼすでしょう。芸術家やクリエイターであれば、創造性や感性が重視され、ライフスタイル全体が柔軟で自由な雰囲気を帯びることが多いでしょう。



このように、職業は単なる「仕事」以上のものであり、その人の人格形成や社会的振る舞い、さらには将来の子どもの教育観にまで影響を及ぼしうる、強力な社会的ファクターなのです。











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