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「中」意識の背景にある日本社会の構造変化
日本社会において「中」意識が広く浸透した背景を探っていくと、それは単に「自家風呂や電話」「電気冷蔵庫のある生活」といった物理的豊かさの普及にとどまらない、社会構造の根本的な変化に行き着く。
戦前の労働者が生きていた「閉ざされた世界」
かつて、特に戦前の日本では、多くの労働者が「徒弟制度」という閉鎖的で階層的な小社会の中に暮らしていた。たとえば、昭和初期の埼玉・川口の鋳物業では、若者たちは徒弟として工場付属の寄宿舎で暮らし、年期奉公に縛られながら親方のもとで修業を重ねた。ある事業主はその時代を振り返り、こう語っている。
「親方は仕事上で絶対的な権力を持っていて、ミスをすれば鉄で殴られることもあった。巡査に訴えても『お前が悪い』と叱られるだけだった。世間と言えば工場の中のことだけで、市長や総理大臣の名前すら知らなかった。」
彼らにとって「エライ人」とは親方であり、次いで熟練の先輩職人だった。彼らの世界では、ヒエラルキーは工場内で完結し、「上」や「下」の意識も、その小社会内部の序列に限られていた。親方に認められ、腕を上げていくことこそが上昇の道だった。
大企業における同様の構造
こうした構造は中小企業に限らず、大企業の職場にもあった。昭和20年代半ば、京浜工業地帯の大企業労働者を調査した氏原正治郎は、以下のように記している。
「労働者は素人として職業人生を始め、職場には技能や待遇に関わる厳格な序列が存在していた。先輩は技能を秘伝として後輩に教えず、また人事の実権を握る支配者であると同時に、困った時には金を貸し、結婚の世話まで焼く保護者でもあった。」
このようなヒエラルキーは、閉ざされた生活世界の内部で完結し、その価値や意味はあくまで内部の論理に従っていた。外部社会の政治家や官僚は「ただのエライ人」にすぎなかった。
小社会の集合体としての日本社会
こうした「小社会」は都市の職場に限らず、農村、商業、サービス業などにも広く存在した。戦前・戦後を通じて、日本社会はこうした小社会の集合体として機能していた。それぞれの小社会には固有の価値体系や序列があり、個人はその中で努力を重ね、階層を上っていけばよかった。よって、人びとにとって「世間一般」から見た自身の階層意識(上・中・下)は、それほど重要な意味を持たなかったのである。
高度成長とともに進んだ小社会の解体
ところが、高度経済成長が始まると、こうした小社会は次第に解体していった。伝統的な閉鎖性から人々は解放され、かわって「世間一般」のなかで自己を測るようになった。これは旧来の共同体を喪失する痛みをともなわず、むしろ楽観的な気分の中で進行した変化だった。昭和30年代の「所得倍増計画」には懐疑もあったが、当時の世論調査では多くの人が「10年後の生活は今よりよくなっている」と考えていた。
個別に選び取られる「中流」的生活
高度成長と消費革命のなかで、かつては上流階級の専有物だった乗用車やゴルフといったレジャーや財が大衆化された。家庭電化製品やカラーテレビも普及し、人びとは個人単位でこれらを取り入れ、自らの生活を「中流」的なものに仕立て上げていった。
この生活様式の獲得は、かつてのように小社会の承認に基づくものではなく、個人や世帯が自らの選択によって実現していくものだった。それは孤独な営みであると同時に、生活の個性化を促す契機にもなった。
価値序列の一元化とその影響
小社会の解体により、多様だった価値序列は一元化されていく。かつてはそれぞれの小社会が独自の価値体系を持ち、多元的な社会を構成していた。しかし、統合された社会のなかでは、すべての人が一本の序列の線上に並ぶことになる。労働者も市長も総理大臣も、共通の価値軸で評価されるようになったのだ。
その結果、出世や成功の尺度として、学歴や職業的地位が重視されるようになり、かつての温情的なヒエラルキーに代わって、冷徹で競争的な社会秩序が成立した。
軍隊ヒエラルキーから企業ヒエラルキーへ
かつて社会的地位を説明する際に、「兵隊の位で言えばどのあたりか」と語った画家・山下清のように、かつては軍隊のヒエラルキーが共通の価値序列のモデルだった。しかし現在では、それに代わるのが企業のヒエラルキーである。たとえば「課長」という肩書は、企業内の機能的役割であると同時に、社会的な威信やステータスを象徴するものとなっている。企業社会の浸透によって、社会的ランクの共有言語が確立されたとも言える。
「みせかけの中流階級」の実像
こうした背景のもとで、「中間層」は急速に膨張した。小社会から離脱した人々が、一定の収入や職業的威信の向上を背景に、「中間」的な位置に集まり、「中」意識を共有するようになったのである。そして、家電や自家用車などの生活財の普及がこの意識を後押しした。
しかし、このような状況をもってして「中流階級の増大」と言い切るのは早計である。現実には、その多くが実体の伴わない「みせかけの中流階級」にすぎず、現在の「中流」論議の多くが、こうした幻想に基づいているように思われるのである。
このように「中」意識の広がりは、生活の豊かさだけでなく、社会の構造的変化――とりわけ小社会の解体と価値序列の一元化――によって生み出された新たな時代の精神的風景でもあった。